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TYC Wine Club

カリフォルニアワインの歴史シリーズ 第二部

第一部ではカリフォルニアワインの歴史の始まりから各国との関係、ゴールドラッシュでの発展についてお伝えしました。

第二部となる今回は、フィロキセラと禁酒法という二つの大きな問題を中心に取り上げていきましょう。

フィロキセラ禍の猛威

ゴールドラッシュの時代。

大きくワイン産業が発展したカリフォルニア。

しかし、19世紀後半頃にソノマでカリフォルニアワイン業界を震撼させる出来事が発生します。

それが、フィロキセラの発見です。

フィロキセラは日本名で「ブドウネアブラムシ」と呼ばれる昆虫で、ブドウの根や葉に寄生した幼虫が樹液を吸い、成長した後にブドウを枯死させるワインにブドウ栽培の天敵です。

この昆虫はカリフォルニアはもちろん世界中で猛威をふるい、とくにフランスをはじめとしたヨーロッパ全土に深刻な打撃を与えました。

そんな中、アメリカにフィロキセラ問題で派遣されていたフランス・モンペリエ大学のジュール・エミール・プランション博士により、アメリカ原産(ラブルスカ系)の台木はフィロキセラに耐性があることを発見。

その後、ラブルスカ系を台木にした接木苗が開発されこの難局を乗り越えたとされています。

ちなみにこのフィロキセラ禍と深く関係しているのが、TYCワインクラブでもご紹介しているワインブランド「AXR」。

ブドウの台木を意味するルートストック「Aramond X Rupetris」が由来するネーミングで、
当時AXR台木はフィロキセラにも抵抗力があったと考えられていました。

しかし、1983年にナパヴァレーで発見された新種フィロキセラ(バイオタイプB)には抵抗力がないことが発見され、最終的にフィロキセラに屈することになります。(多くの畑で植え替えられたそう)

しかし、これがきっかけで品種選びや仕立てなど、新たなカリフォルニアワインのあり方が再構築されていくことにも繋がっていきます。

今日のカリフォルニアワインがあるのも「AXR台木」のおかげといっても過言ではありません。

先駆者たちへのオマージュとしてつけられたAXRという名を、彼らはこれから先も守り続けていってくれるはずです。

禁酒法時代

フィロキセラ禍を乗り越え、ワイン産業を再構築し始めたカリフォルニア。

さあこれから…というところで、アメリカ国内でワイン産業をはじめ酒類産業に大きな打撃を与える深刻な法律が施行されることになります。

それが、禁酒法です。

19世中盤以降、酒場などでの飲酒における風紀の乱れが問題視されアメリカ東部で禁酒運動が勃発。1920年、これら運動が政治勢力などと結びつき国家禁酒法が施行されることになったのです。

さて、YCワインクラブで紹介しているワイナリーの中でこの禁酒法時代に深く関連しているのが、「Vマドロン」です。

1883年にドイツ移民のオーガスト、フレデリカ・ハーシュ夫妻がワイン作りのために、ナパのセント・ヘレナに畑を購入したことに歴史が始まる同ブランド。

今でこそ、醸造家であり共同オーナーのひとりであるジャン・ホフリガー氏を筆頭にカリフォルニア最高峰のワインを生み出す有名ワイナリーとなっていますが、その歴史は紆余曲折あったことで知られています。

創業当時、「オーガスト・ハーシュ・ワイナリー」という名でワイン生産をおこなっていた同ブランド。年間2万ガロン(約75,000ℓ)ものボルドータイプの赤ワイン(クレレット)を生産する規模の大きなワイナリーだったそうです。

しかし、1894年にオーガストが早逝。ワイナリーと樽製造所は売約されます。その後、さまざまなオーナーの手を経るものの、あの禁酒法時代へ突入。

国家禁酒法という厳しい規制であったことも関係してか、この場所は誰も目にかけない“忘れ去られた、歴史に埋もれた場所”として荒廃していきます。

禁酒法時代の終わり

酒類の製造・販売・輸送が禁止され、多くの酒類製造業者や関係者が廃業に追い込まれた禁酒法時代。

しかし、ワインに関しては教会のミサ用に医療用のみの製造が認められ、特別な許可を受けたワイナリーのみですが一部ワイン生産が許されました。

さらに一般家庭においても自家消費用ワインの製造が年間750ℓまでは認められていたことから、ブドウ及び濃縮果汁ビジネスは活況を呈したといわれています。

禁酒法は1933年に撤廃され、その後に一部のワイナリーが高品質ワインの生産を目指すほか第二次世界大戦の影響で欧州への輸出が制限されるなど、カリフォルニア・ワインの国内需要が復活しワイン産業は復興へと歩み始めることとなるのです。

そして、禁酒法時代に翻弄されたVマドロンにも転機が訪れます。

禁酒法が撤廃された後、ワイナリーは宿泊所権レストランへと姿を変化させ話題に。またもオーナーや形態が次々と変化していくものの、2001年にVマドロンの創設者であるクリス、ポーリーン・テイリー夫妻がワイナリーを購入。

同夫妻は、ワイナリーとしての再興を願い数多くの調査をおこなった結果、“レガシーワイナリー”であることが正式に証明されます。

そして、2008年12月6日の禁酒法廃止75周年記念日。

ついに、Vマドロンとして本格的にワイナリー事業が開始されたのです。

禁酒法時代など歴史に翻弄され続けたVマドロン。

禁酒法時代のカリフォルニア・ワインの現状とその後に発展。

やはり、その歴史を知る上でVマドロンは重要なワイナリーであることは間違いありません。

苦境を乗り越え再興へ

カリフォルニアワイン産業にとって厳しい時代となったフィロキセラ禍と禁酒法。

数多くのワイナリーが翻弄され苦境に立たされたものの、この時代があったからこそ今のカリフォルニアワインの発展があるという方もいます。

最終回となる第3部ですは、カリフォルニアワインの発展の歴史、そして今を解説していきたいと思います。